この判例は交通事故の判例ではありませんが、労災給付等を受ける業務中の交通事故の場合には同様の問題が生じますので紹介しています。積極損害や精神的損害は公的保険給付がなされても損害額は控除されないとした判例です。
最高裁判所昭和62年7月10日判決民集41巻5号1202号、判時1263号15頁、判タ658号81頁
事例 積極損害や精神的損害も控除対象となるか
Aは勤務先のB会社において、同僚のCと業務の進め方について言い争いとなったが、そのまま喧嘩に発展し、Bから暴力をふるわれ、労災等級3級の後遺障害を負った。Aはこれに伴い労災保険給付と厚生年金保険給付を受けた。
その後AはB及びCを相手に不法行為に基づく損害賠償を請求した。原審は、Aの過失を3割と認定し、減額された賠償額から労災保険給付と厚生年金保険給付を減額すると残額がなくなるとしてXの請求を棄却したため、Aが上告した。
判決 控除は消極損害のみに認められる
労災保険給付や厚生年金保険給付が損害賠償額の控除対象となるのは、それらの保険の趣旨と民事上の損害賠償の趣旨が一致する場合に限られる。そして、それらが一致するのは財産的損害のうち消極損害のみであって、積極損害や精神的損害については代替性が認められないとした。
解説
本判例は、公的保険給付が被害者に対して行われた場合は、それに応じて加害者が支払う賠償額も減額されるべきだとの見解を示しました。しかし、それは損害額全体に及ぶものではなく、消極損害に限られるとしました。
つまり通院交通費や付添介護費などの積極損害、精神的苦痛による慰謝料については、控除の対象とならず、全額(過失相殺分は除く)を加害者に対して請求することができるということになります。
なお、本ケースのような問題は過失相殺がなされないケースでは発生しません。