生活保護給付を受けている人が交通事故に遭うと、状況に応じて別途追加で給付を受けることがあります。ここで紹介する判例は、このような場合に受けた給付に返還義務があるのかが争われたものです。
最高裁判所昭和46年6月29日判決民集25巻4号650頁、判時636号28ページ、判タ265号99頁
事例
Aは内職で生活していたが、それだけでは不十分なため生活保護給付を受けていたが、交通事故に遭い負傷したため、生活保護法に基づく医療扶助を受けた。その後、医療扶助を給付した地方自治体から、生活保護法第63条に基づき、加害者との示談がまとまり賠償金の支給を受けた場合には、支給した医療扶助を返還するよう要請を受けた。これに対してAは、このような返還義務はないと主張した。
判決 生活保護給付は返還しなければならない
要保護者に利用し得る資産の資力があっても、それを急に利用することができない場合があるが、それを理由に生活保護給付を受けた場合、その資力を現実に利用することができるようになった時には、受けた給付を返還しなければらならない、というのが生活保護法63条の趣旨である。そして、Aのように加害者から賠償金を受けることはできるが、それがまだ支払われていないことを理由に受けた給付については、63条に基づき返還する必要がある。
解説
この判決は、生活保護給付を受けた交通事故被害者が後に加害者から賠償金を受け取れるという状況において、生活保護法63条の適用があるかどうかが争われたものです。上記の通り判決は63条の適用を認め、返還義務を肯定しました。
なお、この判決の後に生活保護法が改正され、第76条の2が追加され、医療扶助や介助扶助については支払いによって自治体が加害者に対する賠償請求権を代位取得することとなりました。今後の同様なケースでは、被害者はそもそも加害者に賠償請求すらできないということになります。
もっとも、交通事故等によって76条の2に規定されていない生活扶助等の援助が必要となったときは、この判決と同様の判断をすることになります。
参考条文
生活保護法第4条(保護の補足性)第1項保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。第3項前二項の規定は、急迫した事由がある場合に、必要な保護を行うことを妨げるものではない。第63条(費用返還義務)
被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。
第76条の2(損害賠償請求権)
都道府県又は市町村は、被保護者の医療扶助又は介護扶助を受けた事由が第三者の行為によつて生じたときは、その支弁した保護費の限度において、被保護者が当該第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。