精神状態が正常でなく、責任を負わせるのが不適切であると判断されることを心身喪失と言います。心神喪失状態では、不法行為責任や刑事責任が免責されます。ここで紹介するのは、加害者が心身喪失状態だったとしても、運行供用者責任は肯定されるとした判例です。
大阪地裁判決平成17年2月14日判時1917号108頁、判タ1187号282頁
事例
Yは精神病患者である娘が家出したため、車で探しに出たが心配するあまりノイローゼ状態に陥ってた。その際に自分が運転する車が先行車に追突し、現場っから逃走し対向車線を走行していたAの事故を誘発しAを死亡させた。Yは刑事事件において心神喪失状態であったと判断され不起訴処分となった。Aの遺族XはYに大して運行供用者責任を追及し損害賠償請求訴訟を提起した。
判決
判決は次の理由を挙げて、Yの運行供用者責任を認めた。
運行供用者責任の免責規定を置いた自動車損害賠償保障法第3条但書は、自動車の構造上の欠陥か機能の障害のみを要件としており、加害者の心神喪失は要件となっていないとした。
また、運行供用者が他人に運転させている場合に、運転者が心神喪失状態になった場合は運行供用者責任を負うのに、運行供用者自身が運転中に同じことになった場合にだけ運行供用者責任を負わないとするのは整合性が保てないとした。
判決の解説
民法第713条では、心神喪失者は不法行為責任を負わない旨定められています。そのため、Yは民法709条の不法行為責任を負いません。そのため、Yは運行供用者責任についても同様に713条が適用されると主張していましたが、裁判所は認めませんでした。
この判例は下級審のものですが、他にも同様のケースで同じ趣旨の判決が出されていること、判決の言うように運行供用者責任を認めることに整合性が見られることから、同様の考え方が今後も取られていくものと思われます。
なお、本事例では運転者自身が心身喪失状態にありますが、それと異なり運行供用者が心神喪失状態にあり、運転者が健常である場合にどうなるかどいう問題も生じ得ます。この場合でも、本判決に沿った考え方をすれば、運行供用者の責任能力の有無は自賠法第3条但書の免責要件に該当しないため、運行供用者責任は免れないということになります。